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流れのほとり

流れのほとりに植えられた木のように、その人は何をしても栄える。生かされていることの喜びを発信したい。
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2009年07月13日

これは、教育の原点

いや、生き方の原点だ。大体、人間とは、如何に罪深い動物なのかを、旧約聖書は、いやになるほど語り、教えてくれている。だから、律法が必要なのだと、そして、粘土に過ぎない人と、陶器師である神、が居られることを、、。

成長させてくださるのは神だとも、子どもの成長は、親が助けるべき、それはよいのだけど、その前に、親自身が、自分自身の姿を徹底的に掘り下げて知るべきなのだ。本来親とは、どうあるべきなのかも。

親も子も、神によって成長させられなければ、赤子と同じ、何も分かっていないのだ。分かっていない親が教えて、子どもが分かるはずはないのだ。
霊的な真理を知ることがなければ、正に盲目の教師だ。しかも、

恐れおののいて、自分の救いを達成せよ、とパウロは言う。人は、信仰を告白して、救いを受けて、それでおめでとうではない。肉体が死ぬまで、生涯かけて、この救いの達成のために、恐れおののきつつ、努力せよ、。と。

自分の子どもに、教え子に、語り教えた。けど、成果が出なくても、その先は、その相手と、神に任せるしかない。それが、教育の原点、後は、背後で祈り支えるしかない。本人の努力、しかも神に助けられて、を見守り、、。

強制し、命令してはかえってぶちこわし、なのだ。心を病む人々の問題、それは、この、個人個人が、自分と神の関係の中で、成長するのを見守らないで、邪魔ばかりする教師や親の問題なのだ。娘の問題は、私の問題なのだ。


恐れおののいて自分の救いを達成せよ
信仰は、受け身だけではない。恐れおののいて自分の救いを達成せよ。これは、喜びの書と言われる、ピリピ書のことばだ。ただ喜び、感謝して居るだけではない。ヤコブ書にもあったけど、信仰には、行動がともなわなければ、。

だけど、それは、主の前に出て、主より先にやることではない。あくまでも、主に聞き、祈りの中で、主の示されることを聞いてから、行動を決めなければ、毎日、主に聞いてから、、それが肝心、。

徹底的に、自分自身の思いを主の前に注ぎだし、自分の姿をしっかり覚えつつ、主の前にへりくだって、どうするべきかを決める姿勢、それ抜きで、自分で考えて、どんどん行動するなら、主の居ないキリストの教会になってしまう。
   
「 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、
へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。
それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができない
とは考えないで、
ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、
実に十字架の死にまでも従われたのです。
それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
それは、イエスの御名によって、
天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
すべての口が、『イエス・キリストは主である。』と告白して、
父なる神がほめたたえられるためです。そういうわけですから、愛する人たち、
いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、
恐れおののいて自分の救いを達成してください。」 ピリピ2:3-12(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
【日記の最新記事】
  • 普通には信じられないこと
  • これは、考えられないような素晴らしいこと...
  • 決して出しゃばらず、しかし、必要な時は、...
  • たとえ、今は理解できなくても?
  • とうとう入院して、おまけに、、、。
posted by シャコンヌ at 06:27| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

普通には信じられないこと

ペテロだって、夢かと疑いながら、牢から出された。と書かれている。私が、あの時、不思議なカプセルの中に守られていた。と言ったって、誰も信じないし、私だって、なんだか分からなかったもの。

けど、分からなかったから、平気で、信州まで、鈍行の旅をし、次の日は、結構大変なセミナーを、半分踊りながら、歌いながら、楽しんで、慰められて、感動し、涙も流して、午後は、孫達と食事の後、休日の学校で、子どものまねをして少しだけど、アスレチックまでやった!!

しかし、その時の恐怖は記憶にあり、家に帰ることを躊躇しながら、しかし祈りつつ、主は帰って良いよ、と示されて、私は、わざわざ回り道しながら、遅く帰宅したのだった。片づけてベッドにはいるときも、???

でも、すべては、主の赦しの中でしか、起こらない。責任者は主なのだ。何があっても大丈夫、と信じて、、、。その後のすべては、主の導きの御手の中で、必ずそれは最善に導くための過程だと、信じる。

良い働きを休むことなく進めてくださる主、、。一昨日は、休んでいようと思いながら、結局、示されて、高崎まで、とりなし祈るために出かけた。行って良かったと、心から感謝しつつ。主をほめたたえます。ハレルヤ!!
 
   
「 あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、
キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを
私は堅く信じているのです。
私があなたがたすべてについてこのように考えるのは正しいのです。
あなたがたはみな、私が投獄されているときも、福音を弁明し立証しているときも、
私とともに恵みにあずかった人々であり、私は、そのようなあなたがたを、
心に覚えているからです。私が、キリスト・イエスの愛の心をもって、
どんなにあなたがたすべてを慕っているか、そのあかしをしてくださるのは神です。
私は祈っています。
あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、
あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように。
またあなたがたが、キリストの日には純真で非難されるところがなく、
イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされている者となり、
神の御栄えと誉れが現わされますように。」 ピリピ1:6-11(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 08:08| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

これは、考えられないような素晴らしいことが起こるしるし!

私は、ますます、そう信じるようになった。主が、私を、私たちを、決して見捨てない。孤児とはしない。この国を変えるために、用いてくださる。大変革が起こる。

今は、マイナスに見えるかもしれないけど、これは大変なことが起る前触れだ。個人的にも、そして今まで、祈り求めてきたすべてにおいても、素晴らしい答えが起きようとしていると、信じます。

ますます、宣言し続けます。主の御ことばを、その約束の素晴らしさを、この国から、周りの国々へ、のろいではなく、祝福を運ぶ国とされる、それが起ころうとしている、それはもう始まっているのだと、信じて、喜び、感謝し、祈り続けます。ハレルヤ!!


預言的に受け取る、信じるとは?
それはまさに、見えないことを、信じさせてくださる御霊によって、信じて受け取ること、でも信じないなら、意味は無いけど、、、。
私は今回信じることを選び、心から、喜び、感謝する。

あの時、聞こえた声、そして、真空状態のなかに入っているような感覚の中で、何の衝撃も痛みもなかった!!そして、あの土砂降りの雨!!主は生きている、必ず、信じて、さらに求め続けるなら、それは、正に、預言的行動、、。

私は、信じて喜んで、感謝して、受け取り、さらに求め続け、宣言し続けます。ハレルヤ!!
   
「 神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、
主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。
主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、
目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。
ですから、あなたがたは、今しているとおり、
互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。
兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、
主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。
その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。
兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、
弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。
だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、
またすべての人に対して、いつも善を行なうよう務めなさい。
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
                 第一テサロニケ5:9-18(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 07:47| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

決して出しゃばらず、しかし、必要な時は、見えない助けが、、、。

あの時、主が、私を、守られた。家を飛び出して、歩き出しながら、その不思議な、真空状態のような平安の中で、いったい何が起こったの?と、思った。痛みも何の衝撃もなく、大きな重たい足が、踏んだ?なんて感覚は一つもなかった。

主が運んでくださり、まだ実際には、混乱状態にあるけど、「お母さん、ごめんなさい」と叫ぶような大きい声が、聞こえて、しかも、あの信州から帰る時の、土砂降りの雨、それは、

聖霊の正に注がれるときを、預言的に、教えてくださった。私は、そう感じたのだった。それは主からだと。常に主は、それでもあなたは信じるか?と、問われている。

ハレルヤ!心の底に、喜びが湧き上がることも、主がしてくださっていることを感じながら、、。私を掴み、私の全存在を、取り囲み、守られる主、私は、主にあって、無駄な人生ではないことを、さらに確信し、感謝します。


力と愛と慎みとの霊
この世のどんなものにも。揺るがされることの無い、「霊」、
他に比べうるものも無い。「強さ」、比べることの出来ない「愛」。そして、何にも比べられない、「慎み」、、。 

その方が、私を守ってくださっている。しかし、見えない、そして、感じられないようでもあり、あるときは、感覚に感応する。時に、見えることも。それは、すべて、主の許しの中で、起きているのだ。

信仰を内側に育て、聖なるものと、似たものとされるために、穢れを取り除いてくださる。私たちの内側から、罪と死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかにするために、働いていてくださる。決して捨てない。孤児とはしないと。ハレルヤ!
   
「 神が私たちに与えてくださったものは、
おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。ですから、あなたは、
私たちの主をあかしすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。
むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。
神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、
それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。
この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって、
それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現われによって明らかにされたのです。
キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。」
                  第二テモテ1:7-10(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 09:06| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

たとえ、今は理解できなくても?

ただ、感謝し、喜んで、祈っていよう。そのことをしみじみ思えるように、主は導いてくださった。

主が守ってくださった!!
こんな役に立たない年寄り、もう死んでもいいのかと、ふと思いたくなるけど、今回の主の守りと祝福の完璧、そして、預言的な表れを、ますます感謝しつつ、昨日から、私は、感動し、しかし、これは、証しするときではない、、。

とにかく、私たちファミリーに与えられている、生かされていることの目的と使命は、大きいことを、思い、感謝するばかり、今は、身の引き締まる思いの中で、ただ主をあがめ、主を褒め称え、生ける現実の主に、感謝をささげます。 
   
「 しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。
私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。
衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、
また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。
金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、
信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。
しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、
正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。信仰の戦いを勇敢に戦い、
永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、
多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。私は、
すべてのものにいのちを与える神と、ポンテオ・ピラトに対してすばらしい告白をもって
あかしされたキリスト・イエスとの御前で、あなたに命じます。
私たちの主イエス・キリストの現われの時まで、あなたは命令を守り、
傷のない、非難されるところのない者でありなさい。
その現われを、神はご自分の良しとする時に示してくださいます。
神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、ただひとり死のない方であり、
近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、
また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。」
              第一テモテ6:6-16(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 06:52| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

とうとう入院して、おまけに、、、。

私は、肋骨が折れていた。あの時、何も感じない、不思議な静寂のような感覚があって、??何だったのかな?と思っていたけど、きっと主の守り、天使が間に入って支えてくれた。きっとそうだ。と今になって思う。

良くその次の朝、信州まで、鈍行の旅をして、孫たちと遊び、次の日は、午前中びっしりのセミナー、ござの上で、正座したり崩したりしながら、よく歌い、手をたたき、楽しみつつ感動して過ごし、夜にはまた、東京へ、、。

この不思議な日々は、主からのプレゼントだったのだ。今朝、そう思った。触診しただけで、医師は、三本ひびか骨折ですね。と、レントゲンの結果、1骨折、2ひび、と言うことらしい、おまけに後ろ側があり、そちらもこのときはよく一緒に折れる、けど、前側と一緒に治ってくるから、、。だって、

それを聞いて娘の病院に報告し、本人は動かないので、と言おうとしたら、すぐ連れてきてください。通院のつもりで連れてきて、こちらは、部屋を空けて用意していますから、と言われて、急遽、待機していた息子に来てもらい、本人も、ようやく腰を上げてくれたのだった。

また入院、全部で13回目、なんと言うことだろうか?と思うけど、やはり、必ず癒される、主が働いてくだされば、その思いはぜんぜん変わらない。人はあきれるだろうけど、、、。感謝しつつ主の前に、賛美しつつ主の前に、今日も歩みます。ハレルヤ!!


敬虔とは?キリストのうちに、、。
この奥義は、敬虔、偉大な奥義、それはキリストそのもの、秘められた真理、信心、、、。敬虔とは何か?聖書の訳によって、違うけど、要するに、それはキリストそのもの、、。 
   
「 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。
『 キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、
諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。』
しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは
惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。
それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、
結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、
信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。
神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。
神のことばと祈りとによって、聖められるからです。
これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたはキリスト・イエスのりっぱな奉仕者
になります。信仰のことばと、あなたが従って来た良い教えのことばとによって
養われているからです。俗悪な、年寄り女がするような空想話を避けなさい。むしろ、
敬虔のために自分を鍛練しなさい。肉体の鍛練もいくらかは有益ですが、
今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です。」
                         第一テモテ3:16-4:8(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 07:31| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

主よ、あなたが見えないと思っても、ちゃんと、掴んでいてくださる。

それを、信じることが出来るように、あなたは導かれているのですね。感謝します。喜びます。あなたは、決して私を捨てられない、信じると言って、何度も祈りながら、途中で落ちたもの、でも。

あなたは捨てられないで、迷子の羊を、探し続けてくださる主、感謝します。ハレルヤ!!



御霊の助けがあるということ
それは、どんなことなのかを、身にしみて感じながら、混乱しても、彼女の中に働いているはずの、御霊の助けを、見えなくても信じ続けて、感謝し、喜び、祈っていることを、、、主は、教えてくださった!!ハレルヤ!

自分で、自分で、と、小さいときからよく言っていたっけ、そうなのだ。今自分で、やろうとしているのに、先にやれと言ったり、命令されたり、叱られたりすると、もうやだ。になってしまう。それが積み重なって、コミュニケイションがまるで取れないようになって、ますます、、、。。

待ってあげる。期待してあげる。少しでも良いことを喜び、認め、ほめてあげる。私は、そういうことを教える立場をしてきたはずのものが、今になって、娘に教えられている。感謝します。主が働いてくださっていることに、喜びつつ。 
   
「 御霊を消してはなりません。預言をないがしろにしてはいけません。
すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。
悪はどんな悪でも避けなさい。
平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。
主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、
あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。
あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。
兄弟たち。私たちのためにも祈ってください。」
                 第一テサロニケ5:19-25(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 06:18| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

薬を飲まなくなった娘が、、。

いきなり、寝ている私をふんずけて、私は、急いで、家を飛び出した。もう夜、10時過ぎ、バスがやっとある、そのバスで、鍵を預かっている次女の旧宅に、そっと夜中に入り込んで、一晩過ごした。やっと眠れたのは夜中、12時ごろ、朝、5時のいつもの目覚ましまで、何とか寝て、6時過ぎにそこを出、かねての計画どおり、信州の息子の家に、鈍行の旅、いくら「てっちゃん」の私でも、さすがにお尻が(7時間の旅)痛くなった。

夢中で飛び出したけど、実は、私は、あの時、痛みなど感じなかった。おなかを踏まれた?うそみたいで、でも夜寝てみたら、やっぱり痛いところ、あった。しかし、痣にもなっていないし、ひびが入ってはいない?と思うけど右を下にして寝るのは痛いことがだんだん分かってきた。

目的地の篠ノ井が近づくにつれて、息子に、なんと説明しようか、妹がどうなっているかを聞かれたら、うその言えない私、結局、兄弟娘たちに、携帯で、簡単に状況説明メールを送った。

出発の前夜、真っ暗な空き家に入り込んで寝たこと、また次の日、病院に電話して、もし入院させるとしたら、空きベッドがあるか?状況を説明して、ケースワーカーに、連絡入れた。

信州で、優しい嫁さんに、そんな話はしないで、子供たちと遊び、一緒にお風呂に入り、寝た。私は、すぐ眠れて、感謝だった、早朝に目覚めて、あの娘と暮らす家に、私は、帰って眠れるだろうか?とてもいやだ、帰れない。と言う思いがよぎる、けど、切符はもう買ってあるし、午前中、小宮路先生のセミナーに、子供たちの幼稚園、へ行く、講演も、子供たちと一緒に、いつものように、歌いあい、遊ぶセミナー、とても素晴らしく、慰められて、励まされ、終いに、涙も出る感動もあり、すっかり元気になれて、感謝だった。小宮路先生が、久しぶりで、暖かい握手と、励ましの手で、背中をたたいてくださったこと、園長先生が、すぐ近くから声をかけて、ござに正座していた私に、特別席を提供されようとしてくださったこと、東京からも来てくれた。と紹介されて、恥ずかしかったけど、本当に感謝だった。

息子が、急行券を買ってくれて、帰りは鈍行でなくお帰りと、お土産までもらって、さあ、帰る、と言うとき、なんと、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨、すぐ近いけど、息子が車で駅まで送ってくれて、靴もズボンもぬれたけど、すぐ乾いて!帰路に向かいながら、あの土砂降りは、もしかしたら、神様からの良いものが、土砂降りとなって降る事の「しるし」、と思えてきた。そういえば、私は、ふんずけられてあわてて家を飛び出したとき、不思議と、後ろから、娘の声が「おかあさん、ごめんなさい」と言っているように、しかも大きな声で、聞こえた。のだった。痛みも無く、これ夢かなあ?と思いつつ、しかし、恐怖の中で、急いで離れたけど??

いよいよ、バスで家に向かうとき、何度も主に聞きつつ、結局、あの暗い家に置いてきた洗濯物を取りにより、その後またバスに乗って、帰宅、娘は、結構穏やかに迎えてくれたけど、「ただいま」、と言ってもやはり無言、洗濯を済ませて、メールをちょっと確認しながら、今夜どこで寝る?私のベッド?こわい!と言う思いを振り切って、すべては、神の赦しの中で、起きているのだ。何があっても感謝し、喜びます。と、心を決めて、それでも、足を縮めて、相変わらず、薬は飲んでいない。けど、平安、穏やか、を感謝しつつ、お土産の栗おこわ、少し食べて、いただいたよ、と言っても黙って、今回、初めて二晩留守をしたせいか?トイレが、びしょぬれだった。下の家から苦情が来てなくて、良かった、積まれている洗濯物を片付け、洗い物をして、流しの周りもかなりびしょぬれ、しかし、平安を感謝し、喜びつつ、いつの間にか寝ていた。朝4時ごろ目さめ、彼女は寝ていない?隣のベッドで、しかし、CDも鳴らさず、ドアをばたんばたんもしない。すべてを感謝しつつ、明日、通院については、(予約してある)来てくれると言う次男に、どう連絡するか?本人とどう話を出来るのか?分からないけど?すべてを主に聞きつつ。感謝し、主を褒め称えます。ハレルヤ!!


神は、キリストにあって救いを得るために、。
定められた。目覚めていても眠っていても、主とともに、生きるために、、。
主とともに生きるとは?信仰の創始者であり、完成者である方とともに、生きること、、、。

それは、初めは頼りない、確信がなかなか持てない、信じられない、けど、御ことばを繰り返し、繰り返し、読み、語るとき、内側に、信仰が立ち上がり、確信が育つことを、、、、。

それは、科学的に証明できないこと、そんな非科学的なこと、と人は言うかもしれないけど、目に見えるものよりも、見えないものの方が、確かなのだと、今は、私は信じる。繰り返し告白する。内側で立ち上がるものを、見る!
   
「 神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、
主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。
主が私たちのために死んでくださったのは、
私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。
ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、
互いに徳を高め合いなさい。兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。
あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、
訓戒している人々を認めなさい。その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。
お互いの間に平和を保ちなさい。兄弟たち。あなたがたに勧告します。
気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、
すべての人に対して寛容でありなさい。だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、
お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行なうよう務めなさい。
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
                 第一テサロニケ5:9-18(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 06:50| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

どうにもならないこと、だったのだろうか?

私の力では、しかし、神にはできるのだ。神にしかできないのだ。と言いたい。人間の世界では、やれば出来る、みんなで一緒にやりぬこうと、いうけど、、、。神になど頼るのは、弱虫の逃げ腰、逃避だと、、、

人には出来ない、しかし、神にはできるのだ。と、イエスは言われた。そして、十字架に向かわれた。そのことによって、御霊の助けをいただける道が開かれた!

自分を空っぽにして、神の御霊が住んでくださる宮として、聖められることを、ひたすら求めよと、私が弱いときにこそ、主が完全に働いてくださる。この奥義は偉大、しかも、

そうでない、自分で自分でとは、結局、自分のからだを、サタンの宮にしてしまうことなのだ。誰がこれを信じるだろうか?ほとんどの人が、信じはしない。主よ、求めます。完全な、あなたの宮となることを!主よ!!!


初めであり、終わりである方。この方こそ、頼るべき方!
悲しいニュースが入る。聞きたくないけど、聞こえてしまう。心を病む人々の、我慢できなくて、病院から脱走した話、しかも男性患者を巻き込んで、自宅に二人で、寝ていたと、、、。優しい人だったけど、、、。

むなしい助け、助けにならないむなしい説教しか出来なかった!主よ、赦してください。彼女を哀れんでください。私たちを哀れんでください。まったくどうしてよいか分からないのです。かかわらなければ良かった。と言いたいけど?

彼女と、関係者の上に、主の癒しと回復を祈ります。まだ間に合うのでしょうか?主よ、同じような例が、まだまだたくさんあるような気がします。

主よ、助けてください。赦してください、私たちの、私の、傲慢、自己中心、不信仰、不従順を、愛のない私たちを赦してください。あなたの愛でしか、本当に助けることは出来ないのです、主よ、助けてください。主よ。 
   
「 兄弟愛をいつも持っていなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。
こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずにもてなしました。
牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、
自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。
結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。
なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行なう者とをさばかれるからです。
金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。
主ご自身がこう言われるのです。
『 わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』
そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。
『 主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。』
神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。
彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。
イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」
                     ヘブル13:1-8(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 05:19| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

いにちと敬虔に関するすべてのことを

なんと言う、私自身とは程遠いことばだろうか?

娘一人に、おろおろしまくって、裁いたり、、、、、。
成長させてくださる神に、一切を任せて、信頼し、御ことばの約束を告白し、信頼し続ければよいのに、信仰の薄いものよ。

あなたの信仰はどこへ行ったのか?と、主は言われている。赦してください。あなたに信頼し祈り続けます、感謝し喜びつつ、賛美します。主はすでに勝利されているのだ!!ハレルヤ!!


主イエスを知ることによって
いのちと敬虔に関するすべてのことを、、、、神としての御力は、、、、
私たちに与える、、。いのちと敬虔に関するすべてのことを、、、、。

いのちと敬虔に関するすべてのことを、、、、。もう何も付け加える必要は無い。御旨だけがなるようにと、祈ります。
   
「 神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、
あなたがたの上にますます豊かにされますように。というのは、私たちを
ご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、
主イエスの、神としての御力は、
いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。
その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、
あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、
神のご性質にあずかる者となるためです。
こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、
知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、
敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、
私たちの主イエス・キリストを知る点で、
役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。
                    第二ペテロ1:2-8(新改訳)                 

 神の栄光が、この地を満たし、この日本を癒し、祝福されることを、
 主の喜びが、あなたの上に注がれますように。
posted by シャコンヌ at 11:37| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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